東海林歯科の歴史

平成21年6月23日、東海林歯科創設者の東海林忠治先生が100歳の誕生日を迎えられました。
100年前といえば、ちょうど韓国併合や、第一次世界大戦で日本が大陸に進出した時期です。
また、文化面でも、夏目漱石が坊ちゃんを、芥川龍之介が羅生門を著しました。大陸では辛亥革命で清朝が滅び、
中華民国が起こりまさに世界史に残る激動の時期に先生は誕生されました。
ざっと歴史の教科書を紐解いてみるだけで、こんなに多くの重要項目に出くわしました。日本にとっての、この100年は3等国だった日本が、
世界と初めて対峙し世界のリーダーとなる輝かしい世紀でした。東海林先生の100年も日本史に相等しいドラマチックな日々だったのだろうと思われます。
東海林忠治先生は、明治42年6月23日に新潟県中条町に生まれ、新発田中学を卒業し京城歯科医学専門学校(現:韓国)に入学しましたが、
学徒陣の先駆として朝鮮興七十四連隊に入営し、昭和7年4月に満州事変に出征して各地を転戦し、その功により勲六等を下賜されました。
同9年凱旋除隊後再び京城医専に入学し、卒業後新京総合病院(当時:満州、現在:中国長春)勤務を経て、その後天津(現:中国)にて歯科医院を開業しました。
7年後、第二次世界大戦で引揚、故郷の中条に戻り開業し、その7年後上京し、品川区小山で開業し80歳まで診療を続けました。

昨年100歳の時、地域住民の保健衛生向上の功績に対して東京都荏原歯科医師会から表彰されました。
現在101歳です。







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